カカシは怒りのあまり上手く呼吸する事もできず、息を荒げたままイルカの姿を求めてアカデミーへ向かった。
職員室のドアを蹴破る勢いでカカシが開けると、それを待ち構えていたようにイルカが席から立ち上がった。
カカシの不穏なチャクラに職員室全体が緊張する。
「あんた、なんて事をしてくれたんだ・・・・」
本当に、なんて事を。
何よりも大切な儀式が中断されてしまったのだ。
自分は沙汰が下るのを静かに待っていたというのに。
イルカを見抜くカカシの眼光は鋭い。
しかし、カカシの目を真っ直ぐに見返しながらイルカはカカシに近付いていく。
「外で話しましょう」
イルカの静かな黒い瞳を見て、更にカカシは苛立ちを募らせた。
殺気立つ上忍を前にイルカは一歩も引く事なく、カカシについて来るように目配せをするとさっさと廊下を歩き出した。
ビリビリとささくれ立つチャクラを抑えようともせずにカカシはその後に続く。
イルカが案内したのは使われなくなったアカデミーの教室だった。
日当たりも悪く、長く使われていないのか床には埃が積もっている。
カカシが後ろ手に入り口のドアを閉めたのを確認してイルカが口を開いた。
「何か、問題でも?」
「何勝手なことしてんの」
カカシがスッと自分のアンダーウェアを捲り上げると二の腕を覆う包帯がチラリと覗いた。
「いつ俺が手当てしくれなんて言った?!」
「何故手当てをしてはいけないのですか」
噛み付かんばかりのカカシを前にイルカは何処までも冷静だった。
イルカの問いにカカシは言葉を詰まらせる。
そんな事は言える訳が無い。
手にかけた人間達に赦しを請うているなどと、そんな感傷的な事を。
里内で暮らすようになってから自覚した自分の心の脆さに唾を吐いてやりたい。
しかし、自分ではどうしようもないのだ。
そして他人にその事を知られるなんて耐え難い。
ギリとカカシはイルカを睨みつける。
「構うな。これは俺の問題だ。誰にも迷惑はかけていない」
「・・・・何を苦しんでいるんです」
カッとカカシの頭に血が上った。
気がついた時にはイルカを床の上に引き倒していた。
教室に射し込む光の筋の中を大量に埃が舞う。
うつ伏せに引き倒されて腕を捻られてもイルカは少しの抵抗も見せなかった。
「何を怖がっているんですか」
ぎしりとイルカの骨が軋む。
「どうしてあんたは、無遠慮に入り込もうとする・・・・。俺の精神分析でもするつもり?」
イルカの手首を掴むカカシの手が震える。
気持ちを逆撫でされ、押さえ切れないほどに感情が昂ぶる。
「くっ・・、ぅ・・」
痛みに堪えきれなくなりイルカが低く呻くと、骨が砕ける寸前にカカシはイルカの手首を離した。
イルカは片手を庇いながらゆっくりと上体を起こす。
「それ、しばらく腫れるよ」
痛めつけられた手首を押さえながらイルカは無言でカカシを見上げた。
イルカは無表情にカカシを見上げたままで、カカシはイルカの考えを読むことはできなかった。
「これに懲りたら、俺の傍に二度と近寄らないで」
床に座り込んだイルカをそのままにカカシは教室の外に出た。


カカシの心はイルカに会ってますます激しく波立った。
怖がっている?
何を知ったようなことを。
いくら部下達の事が心配だからといって、イルカがここまでカカシに干渉する権利はないだろう。
最初に無関心な態度を見せておきながら何故今になってカカシに近付いてきたのか。
イルカという男がカカシには分からなかった。









あからさまに拒否をして、二度と近付くなと牽制したはずだ。
それなのに、どうして。
「あんたも、大概しつこいね」
「ありがとうございます」
ダン!とカカシはイルカを玄関のドアに押し付けた。
「何を考えてんの?」
任務後の儀式をまさにこれから行おうという時に、またこの男はカカシの部屋に現れたのだ。
イルカの真っ黒な双眸はひたとカカシを見つめて、物いいたげに揺れている。
「何を悔いているのか知りませんが、あなたは胸を張っていればいい」
この男は。
何処まで自分の怒りを煽るのか。
「胸を・・・張る・・・?」
カカシの声がひび割れた。
イルカの肩を掴むカカシの指に力が篭る。
僅かにイルカが眉を顰めた。
「何も知らないクセに、勝手な事を言うな」
自分が裏の世界で何をやっているかなど、知らないクセに。
幼子を、老人を手にかけておいて、胸を張れというのか。
「あなたは、胸を張っていればいい」
「・・・・話にならない」
カカシはイルカの肩から手を外した。
この男と自分はもともと住む世界が違う。
わかり合える訳が無い。
「とっとと帰って」
玄関に立ち尽くすイルカに構わずにカカシは居間に戻った。
ホルスターからクナイを取り出す。
肘の内側に狙いを定めたその時にクナイを持つ手を掴まれた。
イルカは帰っていなかったのだ。
「俺に触るな!!」
イルカの手を払うと同時に鮮血が弧を描いた。
カカシの眼前でイルカの掌から血が噴き出した。
カカシの頭は真っ白になった。


なんということだろう。
赦しを得るための傷が、他人の上に刻まれてしまった。


「あ・・、ああ・・・」
カカシの言葉は意味を成さない。
目を限界まで見開いてイルカの滴る血を凝視するばかりだ。
「俺の、俺の傷が・・・・。どうして・・・」
ひどく震える手でカカシはイルカの血塗れた手を取った。
「大丈夫。あなたの傷です・・・・」
我を忘れて震えつづけるカカシをイルカは子供をあやすように抱きしめた。
何が起こったのかカカシはまだ理解できずにいた。
「何を悔いているのか知りませんが、あなたが責められるべき事なんか何も無いんです」
血に汚れていないもう片方の手でイルカはカカシの背中を優しく撫でる。
「俺は、あなたを赦します・・・・」
カカシのクナイを掴んだまま血の気を失った手をイルカは掴みあげる。
「何をっ・・・!」
カカシはクナイを取り落とした。
カランと硬質の音が響く。
イルカはカカシの手ごとクナイを掴んで自分の二の腕を切り裂いたのだ。
イルカの胸元に抱きかかえられていたカカシは自分の顔のすぐ横から噴き出すイルカの血に愕然とした。
「なんで!どうして・・・!!」
カカシは真っ青になりながら、きつくイルカの腕の付け根を縛り上げる。
「俺は、あなたを赦します。あなたは俺とは違う・・・・」
イルカは、笑っていた。
思い切り切りつけたイルカの二の腕からの出血は止まらない。
多分動脈が傷ついている。
カカシは医療班を呼んだ。






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